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ツアーな人々
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女性上位は昔から

 ツアーにおける女性上位は最近のことだけではない。私が若かりし頃の旅行でもそうだった。昭和45年、大阪万博が開催された年に私は初のヨーロッパ旅行を体験した。当時はまだ1ドル360円の固定相場制で日本航空が大衆ツアーの先陣を切ってジャルパックというパックツアーを売り出してまもなくの頃である。海外旅行はハワイの新婚旅行が人気であったが、ヨーロッパ旅行が一般化するのはまだ先のことであった。

 ところが、驚いたことに参加者の大部分が若い未婚の女性で占められていた。それも良家のお嬢さん風や金持ちのドラ娘といった感じの女性が多い。女性は嫁に行けばもう海外旅行など縁がないから、一生に一度、結婚前に体験させたいという親心から行かせてもらっているのだ。今日の大衆旅行ブームは思いも及ばない時代であり、私自身これ一回、もう生涯行くチャンスはないだろうと思っていた。

 おかげでわが身のモテたことモテたこと。海外ツアーの余禄がこんなにあるとは思わなかった。30日間で9カ国を回るツアーだったが、ヨーロッパ文化の真髄を探るという崇高な初志はどこへやら、ウキウキ、ソワソワの毎日だった。女性にはモテた経験がないのに自分もまんざらでもないではないかと思ったが、帰国したら元にもどった。ハーレム的環境が生んだ現象だったのだろう。
比較して、いまはロマンスもときめきもなく、ただひたすらに旅本来の目的に専念するのみだ。

記憶に残る同行者

 ツアーの同行者とはそのときだけのお付き合いか、せいぜい一回だけ写真のやり取りをするだけで終わるのがほとんどだ。旅行社の方でも個人情報の秘守とかで名簿も出さないところが多くなった。名前が分からず、自己紹介もないとなると、お互い打ち解けるのも時間がかかる。

 アイルランドに行ったときのことだ。ジャイアンツ・コーズウェイという奇岩の景勝地でバスを降りてポイントまで10分ほど歩いていた途中、向こうから見覚えのある夫婦連れがやってくる。てっきりこのツアーの同行者と思い、「ずいぶんと早い戻りですね」と声をかけようとしたところ、先方が「どこかでご一緒しましたね」と言う。そういえば何年か前のツアーで一緒だったことを思い出した。しかし、どこへ行ったときかさっぱり記憶がない。付き合いといってもそんな程度なのだ。
数年前、ルーマニアとブルガリアのツアーに参加したとき、話し好きで酒好き、食事のときはいつも宴を盛り立ててくれる男性がいた。板橋にあるパソコン部品の製造メーカー役員をつい最近退職したばかりとのこと。よくよく聞いてみれば、その会社は私の会社のすぐそばではないか。道ですれ違ったり、飲み屋で隣席だったこともあるかもしれない。いつか板橋に来ることがあればうちの会社にも是非寄って下さいと名刺を渡したが、それっきりとなった。ツアーでの付き合いを日本に持ち越さないという主義の人もいるようだ。

 しかし、中には印象深い人やいつまでも交流のある同行者もいないことはない。

 アメリカのシカゴ周辺でフランク・ロイド・ライトの建築ばかり見て回るツアーに参加したことがある。
同行のメンバーは若い新婚夫婦2組だけ。正確には女性添乗員のIさんを含めて6人のツアーである。本来、それだけのメンバーでは旅行社の採算が取れないから中止となるのだが、新婚夫婦は4人とも大のライト信者。大学の建築学科を卒業後設計関係の仕事をしていて、結婚後の新婚旅行をこのツアーに賭けて待ち続けていたようだ。Iさんが社長に働きかけ、モニターツアーということで実現した。ただし、料金は変えないもののホテルはモーテル程度にランクを落とし、食事も全て個人負担となった。乗り物は現地ガイドのワゴン車を提供してもらい、家族旅行のような雰囲気となった。地元の穴場レストランに案内してもらったりジャズライブを聴きに行ったりと実に楽しい旅行だった。

 この2組とはいまだに年賀状を取り交わしているが、子供が出来て成長していく様を毎年の賀状写真で見て、仲人役でもやったような気分である。

 オランダを旅行したときは鎌倉で内科の医院をやっている72歳の先生と一緒になった。男性の単独参加はこの先生と私だけだったので話をする機会も多かった。奥さんに先立たれ、息子夫婦と同居しているが、息子さんが後を継いでいるのでたまに診察室に下りる程度でのんびりした隠居生活の身。でも、女性関係はまだ現役という。それも、元患者そのほかもろもろでいまだプレイボーイぶりを発揮しているというから唖然。その気のある女は目を見れば分かるとか、いろいろその道のノウハウを聴かされたが、もうとっくにやる気のない当方としてはただただ拝聴するのみ。金は絶対女に出させる、と先生にしてはしみったれたことをおっしゃる。でも、この年でそれが出来るということはよほどモテるか絶倫なのだろう。

アムステルダムは初めてで、是非「飾り窓」で外国女性と一戦交えたいというので案内した。手帳を見せてもらったら英語でびっしりと口説き文句が書いてある。医者なら英語は得意でしょうと聞いたら、もう長い間使わないからさび付いてしまったとのこと。その熱心さには恐れ入った。プレイボーイ業はやはりこのくらいマメでないと務まらないのだ。アムステルダムには2日間滞在するので1日目は下見だけ、おとなしくビールを飲んで引き上げた。2日目は昼からフリータイムになっていたので顔を合わせる機会はなかった。その翌日は帰国日、空港でさっそく戦果を聞いてみた。ところが、昨日は体調を崩し、昼からホテルに帰ってずっと休んでいたとのこと。いかにも無念そうな顔つきに同情を禁じえなかった。

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