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西洋「食」事情けちょんけちょん
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和食党の言い分

  私は昔からパンがきらいで、小学校時代は5年生のときからパン給食だったが、私だけ家でご飯の弁当を作ってもらっていたくらいだ。中年以降は肉が苦手になり、野菜や魚のおかずを好む。そんなことから、海外旅行は大好きだが欧米の食事はいつも嘆きの種である。ちょっと前まではインスタント麺をたくさん持参し、朝食はそれで済ませていた。最近はそれも面倒になり、ツアーのうちの何回かは和食レストランに行って鬱憤をはらすことにしている。

  そんな和食党としては、ヨーロッパの食事にいろいろと偏見を持たざるを得ない。まず言いたいのは、彼らの味覚感覚である。薄味すぎたり、しょっぱすぎたり、サラダならすっぱすぎたりする料理を平気で出す。味については当然個人の好みもあるが、その許容の度合いを超えているのだ。我が家ならこんなものを食えるかと怒鳴るところだが、英語がしゃべれない悲しさ、黙って口に入れるしかない。日本のレストランでこんな料理を出せば客は来なくなるだろうが、あちらではそれでも有名店として通用していることが不思議である。考えるにコックの舌と同様、客の舌もよほど鈍感にできているのだろう。お互い味音痴同士だから問題がないというわけだ。彼らが刺身や煮つけの淡白な魚料理を食しないのはそのせいではなかろうか。魚の微妙な味を理解するにはそれなりのデリケートな味覚が必要なのだ。なにしろ、イカ刺しをゴム管をかじっているようだと言う連中なのだ。

  食事の作法についても一言いいたい。日本人は日本武尊の昔から箸を使っていた民族なのに、ヨーロッパ人は近世を迎えるまで手づかみで食事していた。それがフォークとナイフを使い出してから、これが文化国家の食事作法ですといわんばかりなのはどうだろうか。フォークとナイフは実に使いづらい。箸で食べられないものはないが、アジの開きをフォークとナイフで食べることは不可能に近い。それが麗々しく何種類もテーブルに並べられて、使う順番まで決まっているのだからやりにくい。白いテーブルに並べられたたくさんの銀色の道具は、私には手術台の光景が連想されてしかたがない。

  磁器の食器とフォーク、ナイフの取り合わせも気障りだ。日本では焼き物の容器に木の箸、湯飲みには木の受け皿と感触がやわらかく、食事の際の耳障りな音も立たない。洋食のガチャガチャ音は和やかな食事どきの神経にさわるのだ。日本ではお絞りなのに洋食ではナプキンというのも不合理。パンは手づかみだからわれわれは口もとの汚れより手の汚れのほうが気になる。彼らが食事の際にナプキンで口もとを盛んに拭くのは、キスをする習慣に関係あり、いつも口の回りの清潔を心がけるからなのだろうか。もっともフォークでは食べ物がきれいに口に収まらない。最近読んだ本に書いてあったが、ナプキンもフィンガーボールも発祥は手食時代にあり、その名残りとのこと。なるほどと思ったが、それならなおのこと、お絞りのほうが理にかなっているだろうに。

グルメ大国日本の異常

  日本の女性を妻にし、中華料理を食べるのが一番の贅沢というが、その伝でいくと日本の男性は世界一幸せではなかろうか。中国人は中華料理しか食べないが、日本人は和、洋、中華料理と何でも食べる。日本では世界のどんな料理の店でもそろっているし、中華料理など本場、中国より日本のほうがうまいとさえいわれるくらいだ。日本人ほど世界中の料理をそのときの気分と好みに応じて好きなものを食べる節操のない雑食家は世界にないだろう。
  ヨーロッパ人の食事は日本人から見れば単純だし、質素なものだ。日本の旅館に泊まると10品以上の皿が膳に並び、全部食べきれないほどだが、ヨーロッパではサラダかスープのあとはメインディッシュ一品だけ。日本は食糧の6割を輸入に頼っているというのに飽食が極まり、グルメの限りをつくしている。テレビでは老舗料理の食べ歩きや名物旅館の贅をつくした料理番組が連日連夜放送される。よくもこんな番組をあきもせず作るものだと思うが、そんな番組に関心を持って観る人間が多いがことの証明でもある。こんな国は、世界広しと言えど、ほかにないだろう。

  世界を回ると日本人の豊かすぎる食事情と美食に対する異常な関心ぶりが、いやでも見えてくる。現在、世界では8億の人々が飢え、空腹を抱えて眠りにつくといわれる。国民の35%以上が栄養失調の国は27カ国におよぶ。そんな実態をもっと考える必要があるのではなかろうか。世界の現実を省みず飽食におぼれていては、いつか天罰が下るかもしれない。かく言う私自身飽食にどっぷりとつかり、その恩恵を享受しているわけではあるが。

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