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旅のエッセー
ヒマラヤ山脈を越えて〜標高4300メートルで食べたそうめんの味
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雨にけぶる渓谷
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  ベースキャンプ往復の次の日はもうカトマンズに向けて下りるだけ。カトマンズは標高1400mで、つるべ落としといった感じの“下り”によって展開される風景の変化がまことに面白い。不毛の荒地と岩山の連なりが何時の間にか中国の南画を思わせる起伏の激しい幽谷の佇まい変わり、次には杉林の密生する日本の山並の風景に転じる。百メートル以上に及ぶ深い谷底には渓流が渦巻き、折からの小雨でけぶる様は情緒があふれ、そこがチベットとはとても思えない。日本ならさしずめ観光客が押しかける第一級の観光地となることだろう。

  ネパールとの国境に位置するジャンムという街がまた面白い。交易の要として大型トラックが狭い道に群れをなし、到底通れそうにもない隙間をぬってわれわれの車はホテルにたどり着いた。
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ジャンムの風景
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そこまでに至る道は殆ど車の往来がなかったというのにいきなり降って湧いたようなこのトラックの群れと積荷は一体どこに消えるのか。急峻な山の一本道をたどって来ただけに不思議で仕方が無い。見上げれば崖に沿って建物が積み上がり、熱海のようでもあるが、街には安食堂や雑貨店が並び、異様な風体の人間がザワザワ充満している。すさんだゴーストタウンのようでもあり、脂ぎったカスバのようでもある。こんな奇妙な街は今まで見たことがない。

 夕食はホテル近くのレストランでとった。ラサ以来、高山病の予防のためアルコールはお預けにされていたが、ここでやっと解禁となり一同の歓談が盛り上がる。何時の間にか入り込んで来た連中がいて何事かと思えばダフ屋の一団であった。食事中のわれわれを取り囲み、しつっこく両替をせがむ。レストランの経営者は黙って見ているだけだからどうなっているのか。ネパールで必要なルピーなど高が知れているが。こんなに大勢両替商がいて手数料程度では儲けも知れていよう。しかし彼らも日銭を稼ぐのに必死なのだろう。

  狭く、汚いレストランの壁にヨーロッパ料理の食卓の大きな写真パネルが掲げてあった。素晴らしい料理、真っ白なテーブルカバーの上にスプーンやナイフが並びコニャックのボトルも添えてある。こんな写真はシガツエのレストランでも見かけた。こちらでの食卓には湯のみ程度の小さなお椀と小皿が各一個ずつ置かれるだけ。料理が何品あってもスープもご飯もこの二つで済ますのがこちらの流儀なのだろう。そんな彼らがどうしてこんな場違いな写真を掲げるのだろうか。思うにこれは遠い未来、いつかこのような食卓についてみたいという彼らの願望なのではなかろうか。
  翌日の国境超えがまた異様な体験であった。中国の検問所を通過してからネパールの検問所まで7キロも距離がある。その間、急峻な下り坂で切立った絶壁の襞を縫うような道をたどるが、驚いたことに狭い道の両側にかなりの人家が、時に密集して建っている。そこに以前から住んでいた人たちに居住権が認められているとのことだが、とても人間が住めるところではない。この区間は崖崩れが頻繁でドライバーは場所によっては車を停車することも嫌がる。現にわれわれが出発した日の前夜にも崖崩れがあり、われわれが通る直前に土砂が取り払われたばかり。降ってきた大きな岩をバールで割っている労務者を見かけたし、家ほどもある岩がブロック積みの民家のど真ん中に居座っている光景も目にした。「ここをスムースに通過できないことが度々あります」とIさんが言う。そんな場合、車は使えないからトランクはポーターに持たせ、全員歩きとなる。そんな危険極まりない所にしか住めない人たちがいることに驚きを禁じえなかった。

  話が長くなったのでカトマンズは割愛するが、いろいろ体験し考えさせられる旅であった。近年、地球は狭くなったといわれ、私自身もそのように感じていたが、今回の旅でその考えが変わった。地球はまだとてつもなく大きく、未知の世界に満ちている。想像を絶する自然風景が存在し、様々な人々が様々な風習を持ち生活を営んでいる。思いもしない過酷な自然条件に甘んじている民族も多い。その地球上で、われわれ日本人はごく恵まれた少数の民族に属している。

 そしてまた、山岳地における日本車の優秀さも実感した。チベットの山々を走る車の殆どが日本車であり、そのまた大部分がトヨタ車であった。低酸素で走れるエンジンは日本が最高の技術を誇っているようだ。この山岳専用車は平地では酸素の供給量が多過ぎて走れないそうだ。
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