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旅のエッセー
ナスカへの旅(ペルー・ナスカ高原)
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夢の実現へ

 一面の砂漠の平地に沢山の奇妙な絵模様が印されているナスカは長らく私の憧憬の地ではあったが、それは例えば月世界に旅するような、あるいはエベレストの頂上を極めるような現実味の伴わない夢の世界に過ぎなかった。
  しかし、近年の旅行ブームの浸透はしごく簡易なパックツアーとしてこの遠い辺境の地も組み入れ、金と時間さえ準備すれば誰でもが容易に足を運ぶことの出来る地に変えていた。
  さらに私の関心をいや増したのは楠田枝里子のルポルタージュ「ナスカ砂の王国」(文芸春秋刊)やジム・ウッドマンの「ナスカ気球探検」(講談社刊)などの体験記である。
  現在もテレビタレントとして活躍中の楠田枝里子はナスカの地上絵の解明と保護に一生をささげたマリア・ライヘを訪ね、単身この地に何度も足を運んでいるばかりか、東西封鎖の状況下マリア・ライヘの生まれた東ベルリンにまで赴き軌跡を追っている。その地道な努力と情熱はテレビタレントとしての彼女のイメージとはちよっと結びつきにくいが、私にとって感銘の一書であった。
  ジム・ウッドマンは古代ナスカ人が気球に乗って地上絵を見ていたことを確信して、自らそれを実体験して見せた。ナスカ人は現代の技術も及ばない高度な機織り技術によって気球の空気を逃すことのない目のつんだ布地を織っていた。また気球に吊り下げ、人間を運ぶに十分な強度と軽さを備えた材料としてチチカカ湖に生えるバルサ材がある。彼は古代人が使ったと思われるこれらの材料によって、当時の絵模様に印されたものと同じ形体の気球を造ってナスカの砂漠の上を飛んで見せた。その着想から実現に至る物語は壮大で感動的だった。
  書物に記録された気球による飛行の創始者は1783年、フランスのモンゴルフィエ兄弟となっている。しかし、ウッドマンはそれより74年も前の1709年にブラジルでバルトロミュー・グズマンという人物が気球に乗ったことを突き止めている。その事実の延長として、古代人も気球乗りの技術を持っていたのではないかというのが彼の発想と冒険の原点となった。それは地上絵の謎に迫る挑戦でもあった。
  そんなわけで、私のナスカへの憧憬はより大きなものになっていた。また、以前私はトルコの古代都市の舗石に彫られたサインから世界最古のサインに関心を持ったが、それと対比する意味で世界最大のサインをあげるならばこのナスカの地上絵をおいてないと考えた。ナスカに旅することは私の緊要の課題となった。

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